2016年4月3日日曜日

そしてつわりが始まって-ヨメ視点(後編)

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■ こんな対応が助かった

 つわりがあった間は・・・、本当にダンナに助けられました。食べようとしているんだけど少量しか食べられず、好みもそのときによって変わる私に、よく付き合ってくれたな、と。



 言ってもらってうれしかったのは、

『とりあえず食べられるだけ食べておきな』
 大皿の、二人で取り分ける式のおかずを作ってくれたときに言われた一言。「まったく手をつけなくてもいいよ」と言われている気がして。せっかく作ってくれたのに食べられないのは悪いと思うけど、でも実際は食べられないんだよ・・・というときでも、この一言があったおかげで「ごめん、今はこれを食べたい気分じゃないみたい」と言いやすかったです。
 
『残ったら、ちょうだい』
 一方こちらは、小皿やワンプレートものの、それぞれに割り振られたおかずを作ってくれたときの一言。割り振られた分は食べなきゃ・・・、というプレッシャーがなく、こちらも同様に「これ以上は食べられない」と言いやすかったです。



 あとは、仕事帰りに買い物をしてきてくれたり、ほぼ1ヶ月(もっと?)、夕飯を作ってくれたこと。つわり自体は、物理的には吐き下したのも片手で数えられるぐらいで、たぶん軽かったほうなのですが(ダンナいわく、「え? あれで軽いほうなの?」と)、なにぶん精神的にかなりやられてしまい、ひたすら「(仕事や家事を)やらなきゃいけないのに」「でもしんどい」「この症状はいつまでも続くにちがいない」と、ネガティブ思考だった私。ネガティブスパイラル、と私は言っているんですが、体調面よりも気もちの落ち込みがほんっとうに激しかったな・・・。「やりたくてもできない私」に、自分自身でイライラし、落ち込みました。



 そんな私に、直接励ましの言葉とか、否定するような言葉がなかったことも、幸いでした。よく言えば「見守ってくれた」、悪く言えば「放任」ですね(笑)。

「大丈夫、いつかつわりは終わるって言うし!」
 と言われたら、私は、

「でも、友達でずっとつわりが続いてたって人がいるもん」
 と、「こいつわかってねぇ!」って気もちになったでしょうし、

「本当はダイエットしたくって食べないだけなんじゃない?」
「その気になれば夕飯ぐらい作れるんでしょ?」

 なんて言われたときには、やはり「こいつわかってねぇ!」と、大泣きしたかもしれません。その意味では、何も言わずにいてくれてサンキュ、です(←ここ、吉田美和さん風に♪)

 ああ、何も言わずにいた、というのは、実際のところ、「どう対応したらいいかわからない」だったかもしれませんね(笑)。実際私も、自分自身でどうしたらいいのかわかってなかったですから。



 世のダンナ様皆さんに、こういう対応をしたらいいよ! というわけではなく、あくまで私個人としては、この距離感がよかったという一例です☆ 


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